Ein Heftiges Heft

heftig: 1) von starkem Ausmaß, großer Intensität 2) leicht erregbar, aufbrausend (von Duden)

ドイツ語のポケモン名を語りたい ~その4(オンバット・ヤバチャ・ラランテス)~

おはようございます,Мороже です🛰️*1 皆さんは巷で大人気ゲームの Pokémon Karmesin und Purpur または 『ポケットモンスター スカーレットバイオレット』の DLC であるところの Der Schatz von Zone Null - Teil 1: Die Türkisgrüne Maske はプレーしていますでしょうか?いや~核心にはあえて触れませんが続きが気になる素晴らしいストーリーラインでしたね。あと無事入国したランプラーが超かわいい。

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この記事シリーズは,ドイツ語にローカライズされたポケモンの種族名から好きなものをピックアップして,ドイツ語学習者である自分がその構造について適当に語っていくコーナーの第 4 弾です。語っている内容はドイツ語を雰囲気でやっている一個人の印象・感想でしかありませんのでその点はご容赦ください。ご指摘やご要望などは常時歓迎いたしますので,なにかあればコメント欄か Twitter アカウントによろしくお願いします。

……みたいな感じでローカライズの話を布教する活動をしていたら,今年の 8 月に,なんとポケモンの(主に)フランス語版ローカライズについての記事を執筆している カルフール / carrefour さんからお誘いを受け,リモートポケモン学会 のラジオ配信で carrefour さん,サンゴさん,そして僕の 3 人でローカライズについていろいろ喋る会に出るという大変貴重な経験をしました*2ポケモンの話をしているのになぜかドイツの機関銃 MG08/15 の話で盛り上がってる謎の人がいますね。う~ん平常運転。ここにアーカイブを貼っておくので興味のある方はぜひ見ましょう(2 時間半あるので注意)。

本記事のラインナップは,この配信で話した内容のテキスト版 ~ラランテスを添えて~ です。手抜き?って思われそうですが,文字の形で残しておくことに意義があると思うのでちゃんと書いておきます*3

オンバット / eF-eM

僕がわざわざ言うまでもなくスペルの見た目がすごいことになっているオンバットです。これは誤字やニックネームではなくデフォルトの名前です。ハイフンが間にはさまるポケモン名はそこそこあるのですが,小文字で始まるポケモンは今のところこの子だけです。

スペリングはびっくりしますが,実はネーミングとしては突飛な流れのものではなく,むしろ日本語でのネーミングを忠実になぞっています。あらためて日本語側を確認してみると,オンバット音(波) + バット っぽく見えます。そして eF-eM という綴りは,FM を発音に従って綴りつつ,F と M の文字を強調するためのものだと考えられます(実際には eff emm と書くのが妥当ですが)。ここでの FM は音声通信の変調方式の FM (< Frequency Modulation),つまり FM ラジオなどという時の FM でしょう。これで音・音波の要素を回収しています。

さて,日本語圏の記述ではなぜかここまでで終わっているものばかりですが,この名前がすごいのはそこじゃないんですよね。モチーフから考えるに,この FM は同時に Fledermaus "こうもり" の略称でもあると思われます。つまり eF-eM はまさかの 5 文字,というか実質 2 文字ダブルミーニングを成立させているヤバい離れ業だったわけですね。これローカライズ担当の人思いついた時さぞ気持ちよかっただろうな〜

Fledermaus は Fleder- と Maus "ねずみ" で区切れます。Fleder- はクランベリー形態素*4ですが,あえて現代語風に説明するなら *fledern "飛びまわる,なびく" という動詞の語幹です。つまりは "ハバタクネズミ" ってところでしょうか。あっカタカナ表記に他意はありませんよ❔ まぁ実際ハバタクカミは Flatterhaar “なびく髪” で,flattern と *fledern は見た目通り同源なので完全に冗談で言っているというわけでもないです。

ついでにオンバーンも紹介しておくと UHaFnir で,これは UHF (< Ultra High Frequency) + ファフニールですね。UHF という単語のチョイスもなかなか上手くて,というのも FM 放送で使うのは VHF(超短波)で,障害物に若干弱い代わりに情報量が増やせる UHF(極超短波)とは対比的であり,eF-eM の進化系に使う単語としてピッタリはまっているわけです。あと日本語名がワイバーンでドイツ語名がファフニールなので,神話生物の参照先が違うのが興味深いですね。

ヤバチャ / Fatalitee

かわいい‼️‼️‼️‼️

突然ですが今からフランス語の話をします。ドイツ語の話はどこ行った?

フランス語に fatalité "(マイナスイメージの)運命,不運" という語があります。もちろん英語の fatality と関連する語で,現代英語だと主に "(災害や事故の)死者数" を表します(もちろん "運命" の義もあります)。ただどっちの意味でもゴーストタイプに似合うのは間違いないですね。

fatalité は形容詞 fatal + -ité (名詞化語尾) と見ることができます。fatal は "運命の,不可避の,破滅的な" といった感じの意味で,これも形容詞語尾 -al が付いているとみなせます。語尾がつく前の単語はフランス語にはきれいな形では残っていないので,ラテン語 fātum "運命" やそれと同源の英語 fate を示すことにします。ちなみに "あかいいと" のドイツ語名が Fatumknoten ですね。

ちょっと話がそれましたが,注目していただきたいのは fatalité の -ité (名詞化語尾) の部分です。フランス語の "エ" の母音は広いエ /ɛ/ と狭いエ /e/があり,ここの é は狭いエを表します。ここでいきなりドイツ語の話に戻すんですが,フランス語からドイツ語に,この狭いエが語末にくる語を借用して,さらにスペルをドイツ語風に書き換えるときには,これを -ee /eː/ で書きます。たとえば:

  • Klischee < cliché クリシェ
  • Defilee < défilé 行進
  • Soufflee < soufflé スフレ
  • Resümee < résumé レジュメ
  • Chaussee < chaussée 道路
  • Allee < allée 大通り
  • Armee < armée 軍隊
  • Püree < purée ピュレ
  • Frikassee < fricassée フリカセ

さて,これに従ってフランス語 fatalité をドイツ語風に書くと Fatalitee となります。ところでドイツ語でお茶は Tee なので,何を手を加えなくても Fatalitee はこれで紅茶のゴーストポケモンとしてネーミングが成立しています。非常にシンプルにまとまっている,素晴らしい翻訳です。

ラランテス / Mantidea

突然ですが今からラテン語の話をします。こいつさてはドイツ語の話する気ないな?

カリキリラランテスは,同じ S&M 出身のシズクモオニシズクモと同じように,現実世界の生物をモチーフにその構造を逆転させたポケモンになっています。花に擬態する虫であるハナカマキリをモチーフに,その関係を逆転させたもの,つまり虫に擬態する花ですね(実際,カリキリラランテスはくさ単タイプです)。

ところでラランテスのドイツ語名 Mantidea によく似た mantidae "カマキリ科" というラテン語(学名)があります(¡太字部分に注意! eaae です)。ラテン語 mantis (< 古典ギリシャ語 μάντις) の部分がカマキリで,語末の -idae は科 (familia) につく語尾です*5。例えば "ネコ科" は fēlidae ですね。より正確には古典ギリシャ語 -ίδης に由来する語尾 -idēs の複数形が -idae です*6。カマキリに擬態しようとしてるけどうっかりボロが出て一文字だけ入れ替わっちゃった,みたいな想像ができますね。

ここまででも結構面白いんですが,個人的には実はもう一つかかっていると予想しています。それはラテン語 dea "女神" (deus の女性形) で,つまり Mantidea は mantis + dea で “カマキリの女神” という構成なんじゃないかと思っています。なんなら個人的には日本語名の "ラランテス" にも英語の女性接尾辞の -ess が入っていて,それを反映したのが Mantidea というドイツ語名だとさえ考えています。この -ess というのは actress, princess, goddess の語尾にくっついているやつのことです。
語源的に mantis っぽいのに "ラランテス" というネーミングなのは,5 文字に収めようとしている・発音しやすくする意図も当然考えられますが,もしかするとこの -ess を意識しているかもしれません。まぁラランテス自体は ♂:♀ = 1:1 ですけどね*7


今回はこれで終わりです。SV の新ポケはわりと言及し尽くしましたが,旧ポケのストックがまだまだたくさんあるのでまた記事にしたいと思っています。それでは~🛰️*8

うで曲げてくるくる~ってまわるのかわいいね……

↓ 【ローカライズ関連の記事一覧はこちら!】 ↓

nitrone7.hatenablog.com

*1:これは pop'n music のパラボーというキャラを表しています(パラボーかわいくない?)

*2:配信準備をしてくださった学会スタッフさんの皆さん,そして一緒に配信を盛り上げてくれたお二人がた,そしてコメント欄のみなさん,この節は大変ありがとうございました……!

*3:というか本当は逆で,新鮮味を出すために記事の内容として書いたことがないものを配信に採用しました(←じゃあてっていこうせんを配信に採用したのはなんで??)

*4:たとえばクランベリーの cran のように,現代語において独立した意味を持たない形態素のこと

*5:これは動物の場合です。微生物や植物は -āceae が付きます。例えばマメ科は fabāceae です。

*6:語尾 -ēs の複数単数は普通は -ēs ですが,dynastēs (< δυνάστης) とか comētēs (< κομήτης) みたいな古典ギリシャ語由来の場合は第 1 変化で複数形が -ae になります

*7:明らかに mademoiselle を意識したネーミングのゴチルゼルも ♂ が 0 % ではないので,正直これだけだとなんとも言えませんが

*8:これは pop'n music のパラボーというキャラを表しています(ちなみにランプラーというキャラに体の構成がすこし似ていますね)